2015年8月4日火曜日

万葉歌碑除幕

平成27年7月25日(土曜日)、メモリアルパークに万葉歌碑が誕生いたしました。万葉集は、日本最古の和歌集として知られており、全20巻に約4500首もの歌が掲載されています。編纂時期にも関係し、当時の都(奈良)を中心とした歌が多い中、ここ太宰府に関係がある歌も多く存在しています。言わば、太宰府も万葉所縁の地となるわけです。最近、西鉄バスさんが「旅人」という電車やバスを運行されていますが、これも万葉集・大伴旅人(大宰帥)からきています。
さて、私共の霊園に何故、万葉歌碑か?と思われる方も多いかと思います。現在、霊園では「歴史と自然の公園墓地」という冠に相応しい場所となるべく、園内の植栽管理や環境改善に取り組んでおります。それと同時に公益財団移行に伴い、社会貢献事業を一つの活動に組み込み、文化推進室がここ太宰府にある文化や歴史、活動を応援してゆきたいと考えております。
万葉集は、菅原道真公以前の大宰府創建時の歴史を知る上で重要な資料です。太宰府の歴史をご紹介するにあたり避けては通れないものとも言えます。今回、万葉歌碑を園内に建立することで太宰府の歴史に触れて頂き、歴史を感じて頂く事を目的としています。建立歌碑は「大伴旅人・凶問に報ふる歌」、日本挽歌、梅花の歌、植物に関する歌の全16首となります。
「挽歌」は死者を偲ぶ歌ということで、あまり一般的には好んで建立される歌碑ではございません。しかしながら、「霊園」であるメモリアルパークでは、故人を偲び思う気持ちの挽歌は、まさにここにあってしかるべき意味のある歌であると判断し、建立となりました。
当、ブログでは除幕式の様子をアップしております。当日は炎天下の中、多数の皆様にご臨席賜りました。本当に有難うございます。多くの方々の思いも重なり誕生した万葉歌碑を是非、ご覧下さい。

※除幕式では「大宰府万葉会」様のご協力により万葉衣装を纏い行いました。この場をお借りし御礼申し上げます。
※除幕式当日は、日本挽歌一首の揮毫をして頂きました高岡市万葉歴史館館長、坂本信幸先生にお越し頂きました。遠路よりのご臨席、心より感謝申し上げます。



凶問に報ふる歌・除幕
日本挽歌一首・除幕直前

日本挽歌一首・除幕(坂本信幸先生)

日本挽歌・反歌除幕①

日本挽歌・反歌除幕②


文化推進室 日下部







2015年6月22日月曜日

宮の変遷

時の記念日のご紹介に際し、滋賀県大津市の大津宮が出て参りましたので、少し宮(皇居)のご紹介をしたいと思います。
大宰府が白村江の戦いの敗北によって現在の場所になる際の都は飛鳥でした。都の変遷は飛鳥宮(明日香村)→難波宮(大阪)→飛鳥宮(明日香村)→大津宮(大津市)→藤原京(橿原市)→平城京(奈良市)へと行われることになります。これまでに多くの遷宮が行われた背景には、天皇が変わることにより政治を司る場所を替える必要があったことや、当時の木造建築の耐久が遷宮を余儀なくさせていたなど諸説あります。ともあれ、日本最古の中国式の都市は藤原京(橿原)、大宰府と言われておりこの双方が日本の都の原型と言えるのではないでしょうか。
前ブログで書きましたが、大津は大宰府と同じく白村江の戦いに敗北後造られました。大津宮が都市形成をされた京であったか、天皇の住まいとしての宮であったかははっきりとしていません。時の帝、天智天皇による指示で造営された街として、ある意味姉妹都市??みたいな印象を受けます。大津宮は天智天皇から天武天皇に変わるとともに再び遷都され、短い期間での都でありました。
一方大宰府は、遠の朝廷として繁栄を続けますが、これまた衰退してしまいます。
街は、時の流れで変化します。まさに『盛者必衰』と言えましょう。



飛鳥寺(明日香村)
琵琶湖(大津市)
京都(平安京)
このブログでは京都についてはあまり触れていませんね。
 

                                          文化推進室 日下部
















2015年6月13日土曜日

時の記念日

6月10日「時の記念日」に、大宰府政庁跡地にて「時の記念日」行事が開催されました。
時の記念日が6月10日になった理由は、671年新暦6月10日に近江大津宮にて漏刻(水時計)が造られたことに由来します。
当時の帝は天智天皇で、この太宰府にも縁深い天皇です。663年白村江の戦いに敗北した日本は、九州の玄関口である大宰府を現在の内陸に移動させます。これと同じく、天皇の住まいである宮も飛鳥から大津へと移動させました。大津遷都には諸説あり、白村江の敗北だけが理由であるかは定かではありませんが、時同じくして誕生したのは事実です。
天智天皇が造られた漏刻は大津で始めて用いられ、この大宰でも置かれたと伝えれれています。言わば、日本最古の時計は、大津と大宰府であったということです。
さて、大宰府ではこの時の記念日行事を辰山会さんが太宰府市民遺産として守っておられます。
朝6時10分に政庁跡に集合し、記念行事が開催されます。朝早くにも関わらず、多くの皆様がお越しになっておりました。さすがは歴史の街、太宰府ですね。
こうした活動が市民遺産に認定され、地域住民の皆様で守り引き継がれている。それは素晴らしき伝統です。



時の記念日行事の様子①


舞の披露


                                          文化推進室 日下部




2015年5月16日土曜日

博多どんたく港まつり

福岡のお祭りといえば、「どんたく」と「山笠」ですね。
この「どんたく」に、太宰府市が参加しているのをご存じですか?太宰府市長をはじめ、市役所職員の皆様、自治会などの皆様が太宰府市PRの為、頑張っておられます。
総勢200名ほどのパレードになります。その中で先頭に位置するのが万葉衣装の官人です。この衣装は大宰府万葉会さんのお手製となります。
今回、私も、「どんたく」に万葉会サポートメンバーとして参加することができました。
梅花の宴、大弐紀卿 役です。
大弐紀卿は、大伴旅人邸で開かれた宴「梅花の宴」に参加し次の歌を詠みました。

正月立ち春の来たらばかくしこそ 梅を招きつつ楽しき終へめ
(意味:正月になって春がきたら梅をみて楽しみましょう)

大弐紀卿とは、紀男人(きのおひと)という名前です。大宰府の官職である大弐の紀という人という意味です。

梅花の宴で最初に詠まれた歌として有名です。当時、梅は中国から渡来した大変珍しい植物でした。その貴重な梅を愛でる会、それが梅花の宴であったと言われています。尚、この時の梅は「白梅」のみです。「紅梅」は、ございませんでした。現在の桜の花見に近い色合いでしょうか。

余談ですがこの白梅と紅梅、、枝を切るとその断面の色も違うのご存じですか?梅酒や梅ぼしなどに利用されるものも白梅だそうです。同じ梅でも違いがある。面白いですね。



パレード中 太宰府!!の声が沿道から聞こえました

太宰府市まほろばの里どんたく隊

                                           文化推進室 日下部

2015年5月1日金曜日

官人の装束

以前、このブログで歌詠みの会「梅花の宴」をご紹介いたしました。この時に着させて頂いた衣装は、大宰府万葉会さんが作られたものです。
大宰府は律令制にもとづいてつくられており、長官である帥を頂点として大弐、大監、大典とった役職があり(抜粋しています。役職はもっとあります)、その役職に応じて服の色が決められていました。一目でどの位階の方かが分かる仕組みです。
一番高い位は、紫、次いで赤、緑、青といった具合です。細かく言えばそれぞれの色に濃い、薄いがあり、同系の色でも濃い色の服を着ているものが官職が高いとなります。
下記の「梅花の宴」の画像を見てみると、様々な官職の役人がいますね。
因みに私は、深緑を着させて頂きました。役職は大監、少監といったところでしょうか。
次回、再び、この万葉衣装を着る予定がございます。次回は、、、、です。官職が上がりました。
いつか、紫を着れるように歴史と万葉集を学びたいと思います。


色鮮やかな装束

                                     文化推進室 日下部

万葉歌碑①

太宰府を歩くと、万葉の歌碑を多く見ることができます。遠の朝廷と呼ばれた大宰府は大伴旅人や山上憶良が詠んだ歌が多く残る万葉の里です。
私も好きな歌が沢山あります。例えば・・・・・
◆大野山霧立ち渡るわが嘆く息その風に霧立ち渡る        山上憶良
◆いちしろくしぐれの雨は降らなくに大城の山は色づきにけり   作者不詳

どちらの歌も、趣があって良い歌です。その情景が想像できます。
この歴史ブログでは、今後本格的に太宰府の名所をご紹介していきます。


太宰府市役所前の歌碑

                                      文化推進室 日下部






2015年4月8日水曜日

太宰府市文化協会主催「春の祭典」

この歴史ブログでは、歴史、観光、文化の側面から展開したいと考えております。文化面では、今この太宰府においてどのような文化活動が行われているかご紹介します。
2月に行われた万葉会主催「梅花の宴」、3月の「市民遺産会議」に続き4月4日、5日にプラムカルコアにて太宰府市文化協会主催「春の祭典」が行われました。
歌、舞、、三味線、太鼓など、日頃皆さんが頑張ってこられた成果を披露する場として、盛大に行われております。
私、今回初めて観覧させて頂きましたが、感動しました。多くの文化活動がこの太宰府において行われていること本当に素晴らしいですね。
日本美、まさに「所作」ですね。細やかな動作、美しさが存在します。
メモリアルパークは、太宰府の文化活動を応援しています。今までも、これからも多くの文化活動がこの太宰府にて花開く様、活動して参ります。

                                       文化推進室 日下部


グランドフィナーレ(大宰府音頭)